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現場時間 1

工事現場という特殊な環境から抜け出して、すでに1カ月近くが経とうとしている。その間旅に出てみたり、新しい職場の雰囲気や業務になれるように努力していた。

昨日、好天に襲われたので吉野に向かってみた。高校の修学旅行で行った以来の思い出の場所だが、また訪れることになるとは思わなかった。吉野中千本の大きな観光ホテルの小さな部屋にいて、一緒に修学旅行らしいことをしていた誰もが、また吉野という地名を聞くことになるとは思わなかっただろう。

山登り、というかそれはただ坂道を上るというほうが近かったのだが、歩みを進めるにつれて普段の生活では言葉にならなかったような考えがふつふつと湧いて出てきて、結果として1年半近くいた工事現場での生活に戻ってきた。

悲しいかな工事現場では筋立てというようなものはなく、ただ無限にあるかに思える時間がただ意識されるものになり、その中では何度も述べているように、過去の過ちや、努力の足りなさを何度も突きつけられるだけだったように思える。

今日はそんな現場にいる同じ事務系研修をしている後輩を訪ねてきた。やはり同じように、むしろそれ以上に悩んでいて、しかし自分には彼らを慰められるような言葉を持ち合わせていなかった。ありきたりな訓示を垂れることも、自分の受難と克服の物語を展開するのも何か違ったので、悔しいけれど相槌から一歩進んだようなところで自分やかつての上司の非道について大げさに語っていた。それでも少し話しすぎたように思うが、ではその場にいて語らないことを選択するほど自分の美学は人の痛みよりも勝っているようにも思えない。

しかし吉野山を上っていて、自分が過ごした現場での時間を思うとき、それはすでに何ら将来を予感させるものでもなく、また過去の後悔を呼び起こすものでもなく、その中で完結し、自律的に動く人たちがいた。そしてもちろんその中には毎日そこに通っていた自分もいるような気がして、二度と繰り返したいとも思わないが、ふと立ち入っても拒まれないような距離のところにそれらは現れているような気がした。だから安心してそのことを話すことができるようになったと思ったとき、もう工事現場での時間は終わり、自分には別の時間が流れ始めたことに気づいた。